彼を考察

どうやら、リストカットもODも、私が思うほど根が浅いのではなく、すごく根が深いらしい。彼が、「リスカするくらいなら○○しようというのは、想像力にかけた、自分よがりな言葉だ」という趣旨のツイートをリツイートしていたので、少なからずなにか思うところがあるらしい。
それはなんなのか。
①だれかとの絆を確認するような重大なイニシエーションなのか
②誰かとの重大な約束なのだろうか
③なにものにも代えがたい快楽なのだろうか
④前向きな自分自身を確認する大事な行為なのか
たぶん私の考察は的外れだろう。どれを言っても、違います、違います、と返事されそうだ。
本人にもわからないのかもしれない、というところが事実なのかもしれない。
私としては、できるだけ自分自身を傷つけずに、生きやすくなってもらいたいというだけだ。

幸せコレクション

今朝、体重計にのったら、増量しててショックだったけど、快便だったから少し気分が晴れた。洗濯物も干したしね。前髪を巻くと、なかなか気分がいい。今月から毎月ちょっとづつ貯金をするようにした。昨日一昨日と、二日間リフレッシュできた気がする。美術館にも出掛けた。わりと地味な絵だと思った。素朴な。画集での印象とかなり違っていて、感動した。やはり作品は生で見聞きするに限る。 

彼になにかプレゼントしたいなあと最近よく思う。例えば、そうだな、革のポーチとか、ブックカバーとか。時計もいいな、腕時計でなく、壁掛けのもの。服もいい。なんでこんなに、与えることばかり考えているんだろう?不思議。

幸せになる、その前に

今朝、彼が私のもとに来た。私が昨日彼の連絡に返信しなかったから、不審に思ったらしい。
「一昨日のこと、怒ってるの?」
「怒ってないよ」
「じゃあなんで」
「眠ってたから」
「嘘」
「じつは、昨日私、調子悪かったから」
私は自分の気持ちがよくわからなかったけど、彼がキスしてくれたから、初めてわかった。私は彼が好きなんだ、と。恋愛ではこういうことがよくある。前回の主張と引き続くのだが、私は私がわからないというのは、私はあなたがわからないということの謂いなのである。特に恋愛においてはそう。
怒ってないというのは少しの嘘だ。本当は閉め出されて泣いたこと、もう忘れてしまいたい。情けない思いをしたから。
それもすべて、彼次第なのである。

死、花曇りの日に想う

涙をこらえたような、花曇りの日に、死を想う。あの曇り空は、本当に自由なのだろうか。舞い散る桜の花弁は、私の涙の雫を載せる舟。愛=喪、なんだと思う、なぜなら、両者は「それそのもの以外欲しいものが見つけられない」という状態の持続のことだから。しばしば打消しを伴うから、そうと気づかぬだけで、心の、あるいは胸の奥底には「あなたしか欲しくない」。それは、しばしば繰り返される。

愛してる、という言葉は、よく溶ける砂糖のようなもので、すっと消え、早くなくなる。そのように私の命もなくなればよいのに、と思う。愛してる、という呪文で、私が・あなたと・死ねたなら。(死=詩を願うのは、生きてゐる人間の特権だ。)

私は、いつだって混乱している。あの人とどうなりたいのか。あの人は、私とどうなりたいのか。私は私がわからない、とは、ひっきょう、私はあなたがわからないの謂いなのである。捨て身で行くべきか、保身を優先するか。わからない。この私はどうなるのか。もう疲れたという言葉しか出ない。

彼が許せない、いろんな意味で

彼が理由もなく不機嫌になって、私に八つ当たりするのやめてほしいな。昨夜彼は不機嫌だった。今朝、謝ってくれたけど、「ごめんね」が軽くて、彼の部屋から30分くらい閉め出された目にあった私にはそれだけで収まる気持ちではなかった。

はっきりいって、少しさめた気もした。今朝、セックスしたけど、完全に彼の独りよがりで気分がわるかった。

幸いなれ、休日の記憶

一昨日と昨日の休日は、彼と過ごした。喧嘩もしたけど、仲直りしたし、本当によい時間だった。

今朝は遅刻しそうだ。

昨夜の彼の、熱っぽい眼差し、温かい掌、柔らかい唇。そういった記憶も、今日はすでに思い出の土に還ってしまった。

なんだあれは、私は怒っているんだ

職場という場所は、じっと動かずにいるだけでも、HPを削られる忌むべき場所だ。忌々しいことが多すぎて、毎日帰路にて反省するけれど、私は虫けらか何かなのだろうかという感想が最終的に毎回残る。今日はとてもひどい日だった。

昼食の時間、周りの韓国の人たちが、テーブルに家庭料理をならべて支度をしている。どうやら、大勢で同じものを食べるらしい。私は同じテーブルにたまたま先に席についていて、自前のジュースを飲んでいた。次第に韓国の人たちが集まっては、食べ、呼ばれては、食べる。私はそこにそのまま座っている。皆食べているのは韓国の人たちで、私はそれを目の前にしてなにも口にしていないのである。べつに空腹ではなかったからいいのだけれども、この疎外感はあからさますぎて、びっくりしたのだった。私はこんなことばかり身の回りにおこっているから、自分を疑うようになった、なにかわたしに忌むべきものがあるのかもしれない、と。しかし、わからないのである。こころあたりがありすぎて。そして、たとえこれだとあてを付けても、おそらく変えようのないものなのだろうと合点している。

それにしても、なんて失礼なんだろうな・・・・・・今日はひどすぎた。怒ってよかったのだろうか。しかし、そうしたからといって、私の話を聴いてくれる人なんて、職場には、いない。なぜなら韓国の人にとって、私は虫けらだからである。虫けらだから、食事を勧められもせずにすまされたのだった。食べたかった、とかそういう問題じゃないんだよ・・・・・・ひとこと、声をかける社交があれば、私は断って、ありがとう、と言えたんだ。これだけで全然出来事の印象が違う。そういう気の回し方を、韓国の人は苦手なんだろうな。許そうと思うけど、もう疲れた。どちらかというと私のが虫けらだからという可能性のほうが高いし、出来事のひとつひとつがあまりにもエモーショナルすぎて、いちいちストレスを感じるんだよ・・・・・・悪い方のエモ。

もう休憩室でいるの、やめようかな。私の居場所は、今のところ用意されてないみたいだから。傷つくなあ。

喪や喪や→幸せ抽出日記

このまだらな不幸が私を苦しめるのである。

が、まだらの中にある私が死なない理由を今から抽出してみようと思う。この試みは、私を座礁させる不幸からの逃避である。頑張って幸福になろうということ。メンタルタフネスだけは、お金で買えない。

春の雷。雨の夜が去って、雲を散らした空の隙間からのぞく青がある。私は寝起きから夢を忘れて憂鬱だった。今日一日をえいえんと信じられずにいる。バス停に並ぶ人々の行進はそぞろで黒々としている。まるで喪の行進だ。

朝マックで天まで突き抜けるような幸福が手に入れられると考えたけど、それほどでもなかった。美味しかったけど。新商品のてりたまはまあまあだった。

昨日、欲しかったボディクリームとレシピ本を手に入れて、私の周囲は泡でいっぱいの天使の夢のなかなんだと考えた。好きなものがいっぱい。欲しかった香水も、3個も手に入れたし、髪の毛も肌も潤ってる。恋人とも順調だ。私は彼が好きで、彼も(おそらく)私が好き。天を突き抜けるような幸福。絶頂のリピート。月の裏側をそれでも見たくて。どうすりゃいいんだろうな。こんなに欲張りで。忘れ物もない今朝は天使の夢。一番欲しいものだけが、いつもない。そしてわからないまま。

もやもや

おとつい、店長から「君は自分を特別に思ってるみたいに見える」と言われて、とても私は傷ついた。帰り際に、私の苦手な女の人(私にあいさつしない、私がゴミ捨てをしようとしてその人の近くのごみ箱を見つける前に、その人は隠してしまう)がいるからなにもあいさつせずに事務所を出たら、店長に引き留められて、「ふー・・・・・・おつかれさま」と、言われたことを気まずく感じた私が変に気を使って、職場の整理整頓を私がしましょうか、と話しかけたときに言われたのが先述の「君は自分を特別に思っている」なのである。私は二重の意味で失敗してしまったのである。まず店長がいるのを鑑みずに表面的にでも苦手な女性を度外視して挨拶をすればよかったこと、つぎに余計な提案をしたこと、これらが私を今も苦しめている。

休日であるにもかかわらず、思春期の頃に味わった「なにかに追われている」感覚でいて、背中がぞくぞくする足元から這い上がる正体不明の不安と戦って始終くたくたしている。仕事に行きたくない。